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カテゴリ:よもやまCINEMA(映画の話)( 503 )
よもやまシネマ-12 崖の上のポニョ
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'08.July.26

 「ポ−ニョ、ポ−ニョ、ポニョ、さかなの子♪」の主題歌が耳から離れない。呪文のように口から出ていて、フッと気付きあわてて我にかえる。話題の宮崎アニメを家族で見に行った。夏休みということで、会場は家族連れでいっぱい。今回の作品は、監督がこどもたちのために描いたとメディアで言っている。ここ数本の作品はややこどもには難しいテ−マが多く、どちらかと言えば大人向けの作品(もののけ姫・千と千尋・ハウル)が多かった。もちろんどれも素晴らしいのだが・・・。監督は徹底しこどもに解ることを、今回の作品でテ−マに上げた。そして内容だけでなく、表現に於いてもCGを排除しアナログ技法を貫いた。わたしは絵本のペ−ジをめくっていくような、この表現がとても好きだ。CG全盛のいま、逆に新鮮である。もちろん中身がいいからなのは言うまでもないことだが。CGは使ってなくても、相変わらず美しい自然描写。また冒頭でさりげなく汚れている海の様子をいれ、自然保護の警鐘を流している。物語全体の美しいシ−ンをいっそ強調する、底引き網の現実が逆になまなましい。宮崎監督ならではの細やかな演出が感じられる。キャラもシンプルでかわいい。ポニョは魚→半魚人→人間と姿を変える。半魚人の姿はやや気持ち悪いのだが、愛嬌があり笑える。こどもたちにはどう写ったのだろう。
 話しは小さな港町ではじまる、少年(宗介)と魚(ポニョ)の恋物語。現代版、人魚姫といったところ。話しの後半で町が水没し大変なことになる。ただ何故か恐怖心は涌いてこない。表現の描写が美しいからなのか・・・。いやもっと深いものがある。そして暮らす人々がおおらかである。逞しいというのか強いというのか、自然と真正面に向かい合っている。また、沈んだ町の上を魔法で大きくなった、おもちゃの船に乗り渡るシ−ンは幻想的で夢いっぱい。さすがのひとこと。水面下の町の上を、ゆうゆうと泳ぐ古代魚の姿は、不思議とこころが癒される。各メディアで賛否が分かれているようだが、わたしには大好きな作品にまたひとつ出会えた喜びでいっぱいである。今回の作品で特に好きなシ−ンがある。いったん海に連れ戻されたポニョが、大波に乗り宗介の乗る車を追い掛けてくる場面。波の上を走る姿がかわいいのと、ひたむきに少年を想うこころが伝わりまた涙。こどもたちでいっぱいの会場で、おやじがひとり泣いているのはやや怪しいかぎりである。ちなみにまわりで泣いている人はいませんでした。ぜひ、ご覧あれ。
by EDDY-Web | 2008-07-28 00:00 | よもやまCINEMA(映画の話) | Comments(0)
よもやまシネマ-11 カフカ「田舎医者」
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'08.July.17

 山村浩二監督のアニメ作品、カフカ「田舎医者」を鑑賞した。山村監督のアニメは世界で高く評価され、すでに4大アニメ−ション映画祭を制覇している。この作品もオタワ国際アニメ−ション映画祭でグランプリを受賞。以前報道番組でアヌシ−2003(仏)映画祭において、日本人初のグランプリ獲得作品「頭山」を紹介していたのを見たことがある。そこにはアニメションに独自の世界観をもち、すべての作業を奥様とふたりでこなしている姿が写し出されていた。CG全盛のアニメ界で、手作りにとことんこだわる山村監督。その作品を見ると、まさに現代への逆挑戦のように思えた。
 山村作品を見るのは、今回がはじめての私。「頭山」もまだ見ていない。正直な感想を話そう。カフカと言う作家の世界もよく解らず難しいのに加え、山村監督のこだわりが重なり不思議な感覚の作品になっている。ひとことで表すとシュ−ルで重い。五感で感じ見ると言った作品だ。スタジオ・ジブリの世界が好きな人には、ちょっと難しいかも知れません。ここまでくるとアニメというより、もはや芸術。テクニックはもちろんスゴイし、細かいディテ−ルへのこだわりなどきりがない。魚眼レンズで捕えたようなシーンの表現技術など、感覚的な場面がず-っと続く。このエネルギ−はなんだろう?20分くらいの短編なのだが、とても長く感じるのはわたしだけだろうか・・・。いろいろな意味、すごい作品だ。
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 声の出演に狂言の第一人者を揃え、その世界観を重ねた演出は計算なのだろう。紅一点の女性ロ−ザ(薔薇)の声を、若干20歳にして芥川賞を受賞した金原ひとみさんが勤めているのも、なんとなくうなずける作品である。「頭山」を見てからもう一度、あらためこの作品と向かい合おうかと今思う自分がいる。
by EDDY-Web | 2008-07-17 00:00 | よもやまCINEMA(映画の話) | Comments(0)
よもやまシネマ-10 インディ・ジョ−ンズ
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'08.July.2

待ちに待った作品が公開された。シリ−ズ第4作、インディ・ジョ−ンズ「クリスタル・スカルの王国」。「最後の聖戦」から20年。もう無理だと言われていた、ル−カスとスピルバ−グのコラボが再び実現。やってくれました、これぞアメリカ映画。こういう作品はアメリカが似合うし、アメリカじゃなきゃ創れません。相変わらずノリはいいし、ぐいぐい映画の中に引っ張りこまれます。年はとったけど、ハリソン・フォ−ド演じるジョ−ンズ博士はカッコイイです。モデルになっている実在に人物は、かのツタンカ−メン王の墓を発掘した先生だそうである。実はその人、実年齢が今回のジョ−ンズ博士とほぼいっしょだとのこと。そう言う意味でスピルバ−グ監督はいまのフォードであと2〜3作品撮りたいと思っているらしい。ますます楽しみが増え、はやくも待ちどうしい。スト−リ−は至って単純で、これでもかこれでもかとアクションの連続。気分がスカッとしたい人は絶対観ましょう。何にも考えなくて、映画にひたすら身をまかすそれで良い映画。こんなことありえないと思って見る映画。それでいいのです。考古学にあこがれる人たちは、これを観て本気になっちゃう人がいるような、夢にあふれた作品。最後はまるで「未知との遭遇」。絵に書いたような読める展開だが、それはご愛嬌。作り手が楽しみ、見る人も楽しむ、そんな映画だろう。シリ−ズものはほとんどが失敗するのだが、このインディとスタ−ウォ−ズ、ほかにも少しあるが、まだまだ見せてほしい作品のひとつである。
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★冒頭の登場シ−ン(ワクワク、ドキドキ)
by EDDY-Web | 2008-07-03 00:00 | よもやまCINEMA(映画の話) | Comments(0)
よもやまシネマ-9 My Girl
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'08.Jun.30.

10年くらい前に公開された映画「マイ・ガ−ル」を観た。オ−ルドエイジにはたまらない、テンプテ−ションズのヒットナンバ−が主題歌の切ない初恋物語。70年代のアメリカ田舎町が舞台。11才という多感な時期を生きる少女の話である。映画情報をみるとかなり好評で、観たいなぁ-とずっと思っていたが、やっと見ることができた。母親との思い出がない、主人公のベ−ダはお茶目で明るい少女。だが、ほんとうはまだ11才の多感で傷付きやすいこども。この役を見事にアンナが演じ、とても繊細な感情の起伏を表現している。この年齢で、続けておきる試練の数々はそうはないことだろう。もしこの現実が自分に起きたら、とても乗り越えることは無理ではないだろうか?しかし映画は「心にささった骨がとれて、元気になった」とアンナのナレ−ションでしめくくる。女性はかくも強い生き物なのでしょうか・・・。またボ−イフレンドを演じたカルキン(ホ−ム・アロ−ン)もアンナにまけず光っていて、シャイな男の子の優しさをしっかり出していた。終盤、彼が事故で亡くなりその葬儀のシ−ンは涙なくして見られない。自分は本当によく泣きます。最近はそれを楽しむかのように・・・。みなさん、忘れてしまった純粋だった子供の頃、思い出してみてはいかがでしょうか?
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 最後に映画のラストでベ−ダが読む詩を紹介します。
涙に濡れる柳の木よ、なぜ悲しむの?
あの子がいなくなって、
もう会えないから?
柳の枝を揺らしてた少年が懐かしい。
木陰は2人の隠れ家。彼の笑い声が響く。
柳よ泣かないで、悲しみを乗り越えて。
死は私達を引き離せない。
彼はいつも心にいる。


1999年作品/《監督》 ハワード・ジフ《出演》アンナ・クライムスキ−、マコ−レ−・カルキン、ダン・エイクロイド、ジェイミ−・リ−・カ−ティス
by EDDY-Web | 2008-07-01 00:00 | よもやまCINEMA(映画の話) | Comments(0)
よもやまシネマ-8 自虐の詩
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'08.Jun.26.

DVDで「自虐の詩」を観た。宣伝では阿部寛と中谷美紀が濃いキャラでハチャメチャしていて、さぞ、ギャグ満載の映画と思いきや、100%裏切られてしまった。後半は涙腺が壊れ、涙なみだ。前回「ザ・マジックアワー」宣伝の難しさを語ったが、この映画は大成功。まんまとしてやられた。はじめはマンガちっくに派手なちゃぶ台ひっくり返しの連続。パンチパ−マの阿部ちゃんのいっちゃてる感じがおかしいの一言である。中谷美紀も「嫌われ松子」のときを、さらにパワ−アップで素晴らしい。原作は漫画らしいが、こちらも読んでみたくなった。中谷美紀は劇中ほぼスッピンに近いノ−メ−クで主人公を演じていたが、松子のとき以来一皮も二皮も剥け大女優の道に入ったようだ。映画は途中、思い出の回想シ−ンが入る。ヒロイン幸江は貧しい家庭に育ち、劣等感のかたまりのような中学か高校時代の話しあたりから、わたしはどっぷり映画に浸っていた。私ごとだが自分の家もかなり貧乏で、お弁当を隠しながら食べた記憶が甦ってしまった。今思えば、それも思い出のひとつだが・・・。たったひとりのやっとできた友だちとの別れのシ−ンは、涙腺が完全に切れてしまった。阿部寛はモデルをしていた頃とは別人、最近すっかり三枚目が板につき、こちらもなかなかの不器用な男を演じきっていた。劇中、何度も空を抜いたカットが入る。澄んでいて青い。白い雲がポッカリ浮いている、なんてことのない風景だがほっとする。効果的につかわれ印象に残った。騙されたと思って是非みていただきたい作品である。こころがじわ〜っと暖ったかくなりますヨ。
by EDDY-Web | 2008-06-29 00:00 | よもやまCINEMA(映画の話) | Comments(0)
よもやまシネマ-7 ザ・マジックアワ−
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'08.Jun.18.

久しぶりに映画館に足をはこんだ。すこし疲れているこころに注射を打ちに・・・。こんな時はやっぱり笑いが一番。ということで話題の三谷作品「ザ・マジックアワ−」を。笑えたのだが、すこしものたりなさが残ってしまった。公開前、三谷監督があちこち、なりふりかまわずプロモ−ションを兼ねTVに出ていたが、これがプラスだったのかマイナスだったのか微妙である。宣伝の難しさをつくづく感じてしまう。そして予告編の編集、美味しい部分をだすのも解るが、全く別物と考え作ることはできないのだろうか?と思った自分。いきなり作品の話しから外れてしまいすみません。セットやカメラワ−クなどこだわって撮ったという今回の作品。それがあまり中身と重なりあっていなかった気がする。三谷監督の「映画大好き!」というのは充分すぎるくらい伝わるのだが・・・。なんだか楽屋落ち的なところが否めない。それも計算なのかも知れないのだが・・・?映画館の中で笑い声がおこる度、笑いのツボがここなのかと思う箇所が随分あった。多かったのは、いろいろな役者さんがあちこちで顔をだすワンシ−ン。例えば上映映画の中に出てくる、あやしいタイ人の寺脇康文だったり、撮影所で合うカメこと市川亀治郎だったり。もちろん遊び心の演出なのは解っているのだが、こっちが目立っちゃうのはどうだろうか?主演の佐藤浩市など、すごく今までにない味を出していてよかった。思うに宣伝で美味しい所を見せ過ぎ、と言いたい。何も知らず観ていたら、もっと腹を抱え笑えたような気がする。映画好きのひとたちが集まり、ある意味オタクの世界が描かれ、そうそうとうなずく所は多々ある。個人的にはもうすこし突っ込んで欲しかった。フッと思い出したことなのだが、その昔「影武者」で黒澤監督と主演俳優、勝新太郎が映画づくりに対する考えの相違で、主演を下ろされたことがあった。引くに引けないこだわりがあったのだろう。わたしは今でも勝新の信玄を観たいと思っているひとり。残念だが、いまは叶わぬ夢である。ある意味、純粋で子供じみた話しだったが、そんな部分を喜劇にしてくれたら、すごく嬉しい自分である。大先輩たちには失礼なことを言っていますが・・・。合掌。最後にマリ役の深津絵里はキュ−トで可愛かったです。すこし評論ぽくなっちゃいました、許されよ。これは、三谷監督が好きだからです。
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※マジックアワ− 太陽が消えてから、周囲が暗くなるまでのほんの僅かな時間のこと。
by EDDY-Web | 2008-06-19 00:00 | よもやまCINEMA(映画の話) | Comments(0)
よもやまシネマ-6 ベロニカは死ぬことにした
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'08.Jun.17.

 真木よう子。最近すごく気になる女優である。タイプかと言えばむしろ苦手な方かも知れない。しかし彼女の演技には、存在感がある。現在某TV局で、「週刊真木よう子」という番組が深夜に放映されている。わたしはそれを見て、この女優さんにはまってしまった。30分の短いドラマだが、彼女のために書き下ろした作品といっていい作品は、どれも良質である。自分の名前がそのままタイトルになるくらいだから、きっと期待されているのだろう。汚れ役はもちろん、田舎娘、訳あり女性とさまざまな役をピタッと決めてみせる彼女。どくとくですこしエキセントリックな雰囲気をもっている。そういえば、はじめて彼女を知ったのは、「わたしの教科書」というドラマだった。同性同名の俳優さんがいるので、その人と勘違いしていた自分。見れば知らない女優がク−ルで人を近付けないオ−ラをだし、教師役を演じていた。その時は鋭い目の印象だけが、強く残った。
 前置きがながくなってしまったが、その彼女が初主演した作品「ベロニカは死ぬことにした」を観た。原題をそのまま使った意味不明なタイトル。まだデビュ−してそれほど立っていない彼女らしいが、初期の作品らしくとても初々しい。それでも存在感はしっかりと出している。緑に囲まれた山奥の療養所。そこで暮らす精神を病んだ人々の話である。ハ−ドなテ−マだが童話のような演出で、ソフトな感じに仕上げている。彼女が主演だが、まわりの共演者がただものではない人ばかり。相手役はイ・ワンという韓国の俳優(?)だが、市村正親、風吹ジュン、中嶋朋子、荻野目慶子、多岐川裕美、片桐はいり、そしてベテランの淡路恵子さん。これだけ個性豊かな人に囲まれたら、たいていはくわれてしまうもの・・・。だが彼女はしっかりと自分をだしてそこにいた。それにしても豪華なメンツである。患者と看護する側に別れての芝居だが、治療をする側の人の方が怪しい。まさに怪演。
 作品が良いか悪いかは、観て自分で判断してもらうとし、印象には残る。最後のCGは、個人的には少し表現が安易で気になった。彼女を確かめるように観た自分なので、得るものは充分あったのだが。借りたDVDに「人情喜劇」と表示があったが、そうかなァ〜・・・??
役の名前、とわ(永遠)という名は古臭い感じだが、好きである。あと印象に残った言葉をひとつ。「何でもあるけど、何にもない。」いま(現代)を生きている人だれでもが抱える、空虚な感覚かも知れない。それを少しづつ乗り越え「生きたいと思う瞬間」を描いている作品である。
※ブラジルの人気作家、パウロ・コエーリョの同名ベストセラーの映画化。2005年度作品。監督:堀江慶。
by EDDY-Web | 2008-06-17 00:00 | よもやまCINEMA(映画の話) | Comments(0)
よもやまシネマ-5「殯の森」
'08.Jun.3.
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 生と死。河瀬監督はいつも身近にある難しいテ−マを選ぶ。いままでの映画ももちろん、この部分が必ず根底にある。やっと販売されたDVDを手に入れ、ひとり部屋の照明を落とし見た。わざわざそうして見ている自分がそこにいる。変人かも知れない。支える人、支えられる人。しかし本当は、支えることにより支えられているという現実。人という字がそうであるように・・・重たい映画だ。こういう作品はきっと、絶対受けつけない人がいるだろう。自分は「萌の朱雀」以来監督のファン。なので勝手だが映画に浸ってしまう。「萌の朱雀」から10年を経てこの映画が出来た。監督の日常から感じとる、一貫したテ−マがそこにある。わたしが感じるある感覚は、映画と言うよりなんか別の表現をこの作品に感じる。説明的な表現をできる限り省き、見る人に目で、耳で、体で、五感すべてを使い感じてほしいと・・・。あとひとつ、いつも感じることがある、監督は人がとても好きなようだ。そして大切にしている。いつもエキストラに素人さんを使う。等身大の生活を意識して、日常のなかにこぼれている喜びや悲しみと言ったものを、自然に伝わるよう描いている。わたしが河瀬作品に引かれるのは自分自身、人が好きなのと、いつも等身大でありたいからかも知れない。出演者が実名で役を演じさせているのは、その役を無理やり演じないようにとの配慮なのか、ちょっと気になった。
 映画のテ−マを象徴するセリフがある。ホ−ムの部屋でシゲさんが呟く「わたしは生きてますか?」シンプルで深い言葉だ。一番印象に残ったシ−ンは、森の中深く彷徨い、雨にうたれ、それでも休まず川の中に入ろうとするシゲサンに「いったらあかん ! いかんといて !」と慟哭する真千子。これは作りもではないこころの叫びと、わたしの中に強く残った。また森の表情が刻々と変わり、時に激しく、そして次の瞬間やさしく。その風景の深い緑が、画面を包み込んでいたのと、流れていた静かなピアノの旋律が物語の印象をさらに深めていた。

 「萌の朱雀」から10年。あの時の高校生は、しっかり10年の時を大切に生きてきた姿を見せている。特典映像を最後に見て、みんなで一心同体の映画づくりをしている監督が羨ましく思えた。でもそれはきっと、監督自身が等身大の自分をそのまま見せているからだろう。
※殯(もがり)
  敬う人の死を惜しみ 忍ぶ時間のこと また、その場所の意。
  語源に「喪あがり」喪があける意、か。
by EDDY-Web | 2008-06-04 00:00 | よもやまCINEMA(映画の話) | Comments(0)
よもやまシネマ-4 earth(アース)
08.Jan.26
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 年明け初のよもやまシネマ。正月は映画三昧の日々を過ごそうと思っていた自分。しかしおもい道理にはいかないのが現実。日頃やり残していることや身の回りのことを、整理していたらアッと言う間にお正月が終わっていました。もちろん何本か見た映画もあるのだが、書き記すにはちょっとというものが多く差し控えた。久しぶりに今日は家族で「earth」を鑑賞した。日頃は99%ひとりで見る映画だが、今日は家族で見た、というより見たかった。美しい映像にすぐに引き込まれた。渡辺謙さんがナレ−ションを担当し、静かな語り口のなか映画は進んでいく。長い歳月をかけ撮影された映像は、どんな物語りより真実をつたえ感動を与えてくれる。美しさだけでなく、生命とは・・・と何度も訴えてくる。こんな星に生きていることに、まずは感謝である。と同時にこの星がいつまでこのままでいるのか?と思った。沢山の生き物が生きることの難しさや大切さを見せてくれるのだが、映像を見ていてひとつ感じたことがある。雨が降り、川をつくり大地がうるおい、そして生命が誕生する。それはまるで人の体そのもので、川はまるで血液の流れ、そして生物たちは細胞。いろいろな役割をはたしながら、バランスをとり生きているそれが地球という星なのだと実感した。人間も地球の細胞のなかのひとつ。ただそれを忘れ、すこしいいきになっている。地球にとって人間は、今はきっと癌細胞かもしれない。ちょっと恥ずかしく悲しい。一生懸命生きている多くの生き物は、ひたすら今日を生きることだけ思い、命を大切にしている。人間にそれを奪う権利などどこにあるのだろう。
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 この映画は地球の環境問題を訴えているのが、おおきなテーマである。こんなに美しい星に住まわせてもらっているのに、それを忘れてしまっているわたしたち。「自分たちのことしか考えていないことを認識しなさい!」、とこの映画が自分にメッセ−ジしている。なにかできることがきっとある、それを探そうと思った自分である。最後にナレ−ションで「いまならまだ、間に合う」という渡辺謙のことばが強くこころに残った。
by eddy-web | 2008-01-28 00:00 | よもやまCINEMA(映画の話) | Comments(0)
よもやまシネマ-3 椿三十郎
07.Dec.10.
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見たくてしょうがなかった映画を見た。森田版「椿三十郎」である。黒澤監督にどう挑むのか、と野次馬根性で見ている自分も実は少しあった。しかし森田監督、お見事の一言である。オリジナルを大切にしつつ、自分らしさを存分に出し、楽しんで創ったようである。主演の織田裕二が、どんな三十郎を演じるのか?監督と同じに、三船三十郎に挑む彼もまた、大変だったと思う。ある番組でこの映画のプロモーションを兼ね、俳優陣のインタビュウーをやっていた。織田はそこで脚本のすばらしさを語り、全然古さを感じない作品だと言っていた。むしろ新しささえ感じるとも・・・。あと三船さんを意識しないというのは嘘になるが、あくまで自分らしさを出すことをこころがけ演じたといった。はじめ少しオーバーな感じを受けたが、これは計算された森田演出で、全編誇張した創りになっていた。まさにエンターテーメント。脇を固める俳優たちも、良い味をだして大いに笑わせる。音楽も昔のままで、懐かしさがこみあげた。最後の有名な決闘シーンも、いろいろな問題をクリアし違った意味で、迫力のある殺陣になっていた。二本の「椿三十郎」は同じでありながら、同じではない作品である。わたしはどちらも大好きである。よもやまシネマ-3 椿三十郎_e0120614_13523079.jpg
あっ!そうそう、ちょっとひとことだけ。襖を開けるシーンが何度かでるのだが、やたらオーバーでコントを見てるような気分になった。あと、若侍を演じた俳優たちがとても、新鮮。初々しさと緊張感がしっかりはまっていて、とても良かった。松山ケンイチ以外、みなオ−デションで選ばれたそうである。最後にもうひとこと。玉緒さん演じる奥方の名ゼリフ「あなたは抜き身の刀のようなひと。よくきれる」「でもほんとうに良い刀は鞘に納まっているものですよ・・・」。これはほんとうにこころに残る。わたしはやはり、まだ三十郎。いや五十郎である
by eddy-web | 2007-12-12 00:00 | よもやまCINEMA(映画の話) | Comments(0)


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