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カテゴリ:よもやまCINEMA(映画の話)( 463 )
よもやまシネマ470 “蜜蜂と遠雷”
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2019.10.15

2017年に直木賞と本屋大賞をWで受賞した、恩田陸の傑作小説“蜜蜂と遠雷”。累計発行部数は150万部超え、いまなお読者が増え続けている小説の映画化。残念ながらわたしはこの作品を読んでおりません。そんな中、映画を観に・・・。率直な気持ちを言いますが、映画を見終わった瞬間、この小説をすぐ読みたいという衝動に駆られました。それは難しい音(クラシック)の世界観を題材にした小説を、あまりにもにも見事に映像化していていたというのが理由。そしてそこに描かれた音の世界を、いったいどんな風に言葉で表現していたのだろうという興味が強く湧いてきた。4人の主人公がピアノコンクール(クラッシック)で出会い、そしてこころが音で繋がる物語が“蜜蜂と遠雷”である。映画化は不可能とまで言われた物語は、石川慶(監督・脚本・編集)と多くのクリエータースタッフにより、見事に映画として命を吹き込まれました。音楽の中でもクラッシックの世界は、凡人のわたしにはとうてい解らないもの。作品の中で主人公のひとり明石(松坂桃李)が「・・・悔しいけど、俺にも解らないよ・・・あっちの側の世界は」という台詞が印象に残っています。これは自分にも重なるのですが、それ以上の意味を持つ言葉。少なくても明石はそっちの人で、わたしとは比べようがないほど音楽を理解している人間である。天才と呼ばれる人たちは、天が選んだ一握りの者だけ。そんな人たちにしか解らない世界は本当にあるのだろうなぁ~と思うのと同時に、この作品は音を通して結ばれた純粋なこころの優しさが伝わる感動作に仕上がっています。主人公4人の感性がぶつかり合い、そしてハーモニーを醸し出す様は、五感を大いに刺激しこころを揺さぶります。聴くという世界を観せるという世界に変えるのは、相当難しいことに違いない。だから、映像化は不可能と言われていたのだろう。だが今作はそれを見事にやってのけています。抽象的な表現も出てきますが、ある意味挑戦ともとれる表現で、わたしには心地よいものでした。と言う訳で、とても感動した作品のひとつになりました。そこから出たのがはじめに言いました、原点回避で小説(文章)で、いったいどんな風に音を表現しているのだろう?と好奇心に火が付いたという訳です。長い説明になりましたが、間違いなく原作も良いに決まっているでしょうが、自身ではやく確かめたいと思うわたしです。印象に残るシーンは沢山あるのですが、亜夜(松岡茉優)と塵(鈴鹿央士)月明かりの下で連弾をするところで、何故か涙が止めどなく流れ感情を抑えきれませんでした。ピアノの音色に反応したのは間違いのないことですが、とくに泣かせるような場面の演出ではありませんでした。ただ2人の爽やかな(*^o^*)が音に被さり、胸に染みたのは間違いありません。2人にしか解らない糸が結びついた瞬間を感じました。こんな仲間がいたら最高ですね!
P.S. 紅一点の主人公・栄伝亜矢を演じた松岡茉優さん、マジ良いです。憂いを秘めた表情がなんとも言えず素敵です。ここのところ映画に立て続けて出ていますが、いつも心に残る芝居をみせてくれます。近々公開の“ひとよ”も今から楽しみな一本。これからが楽しみな女優さんです。他の3人、松阪桃李、森崎ウィン、鈴鹿央士(新人)もそれぞれの役を見事に演じ、4人の対比が素晴らしい物語を紡ぎ出したくれました。大拍手です。脇を固めた俳優さんたち(斉藤由貴・鹿賀丈史・片桐はいりなど)も見事でした。本編では英語での台詞のやりとりも多く、洋画でも観ている感じにもなりましたが俳優さんたちの凄さを知る事ができました。
※ピアノの旋律に久しぶりに酔いしれ、ほろ酔い気分になりました。音楽を聴いてはじめて涙した日がふっと頭に浮かびました。マル・ウォルドロン(ジャズピアノ)のレフト・アローンがその曲。40数年前に聴いた時、なぜが溢れ出る涙を止める事が出来ませんでした。いまでも解りませんが、とても静かな気持ちになれたことを覚えています。


by eddy-web | 2019-10-16 00:00 | よもやまCINEMA(映画の話) | Comments(0)
よもやまシネマ469 “ジョン・ウィック/パラベラム”
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2019.10.04

はしご鑑賞2本目の作品は、“ジョン・ウィック/パラベラム”。キアヌ・リーブス主演の人気シリーズ最新作である。キアヌと言えば“マトリックス”が頭に浮かぶ。当時ワイヤーアクションとCGを駆使したアクションシーンが話題となり、あっという間にファンのこころを掴み大人気シリーズになりました。わたしも大のファンでシリーズのDVDはすべて買い、今でも時折鑑賞しています。キアヌが演じたネオも好きですが、もっと好きだったのがキャリー=アン・モスが演じたトリニティ-。女性のヒーロー(ヒロイン)は数あれど、わたしの一押しはなんと言ってもこのキャラ。全身黒ずくめの衣装(長いロングコート)に、サングラス。短めの髪をグリースでピタッと固め、華麗な体術を操る姿はカッコいい女のまさに代表。(※チームはみな黒ベースのロングコートでしたが・・・。)当時劇場で買ったトリニティーのポスターはわたしのお宝です。つい悪い癖で、また脇に話しがそれました。よく回りくどいと言われます。(-_-;)
話しを戻しましょう。ジョン・ウィックもあれよあれよ問い間に3作目を迎えました。1作目がヒットすると次というパターンは映画興行では当たり前のこと。もともとシリーズ化として製作する場合も多いようだが、ジョン・ウィックはどうなのでしょうか?1作目は確かに派手なアクションと単純明快なストーリーで観客のこころを掴みました。引退した伝説の殺し屋が、妻の残した愛犬を殺されその復習からロシアンマフィヤの組織を壊滅させる話。たった1匹の犬のために命をかけ、マフィヤにひとり立ち向かいバッタバッタと敵を倒してゆくジョンにわたしは心酔しました。寡黙でクールな1匹狼の生きざまは男の中の男。そこからはじまった物語は、それで終わらず第二章へと続き、そして今回3作目となった。回を重ねる度に、アクションシーンがど派手になり見終わると爽快な気分になるのは間違いない。今回もこれでもかこれでもかと続くアクションシーンは痛快である。
ここでひとこと(私的)ですが、今回はそのアクションシーンが余りに多く、また同じスチエーションでの演出が長くちょっとわざとらしく盛り過ぎな感じがしました。とくにガラスの間でのシーンは、何度もガラスの箱に叩きつけるアクションが続く。名作“燃えよドラゴン”の鏡の間のシーンを思い出すのですが・・・。派手アクションシーンが売りだとは思いますが、もう少しカットしても充分だったような気がします。なにか大雑把な感じがして、もっとストイックな演出をしていただけると最高です。気になることはまだあります。賞金首になったジョンの命を狙う新キャラが続々と登場しますが、定番とでも言える謎の東洋人(日本人)軍団が出ます。リーダーの表の顔は寿司店の頭領でちょっと見、渡辺謙さん似の俳優さん。身体能力は抜群でキレッキレッのカンフーを繰り出し、見応え充分のバトルを見せてくれます。ここは◎なのだが、繰り出す日本語が変な発音。よくあるパターンと許せる範囲ではあるが、せっかくの緊張感が笑いに繋がってしまう。これだけ国際化が言われる時代なのに、これはちょっといただけません。何か馬鹿にされているようで、笑えない・・・。もうひとつある?は、組織のドン(主席連合)なる人物とのコンタクトが、まるでお伽噺。また会えば、謎の人物が他のキャラに比べあまりに普通すぎ???ちょっといろいろ書きましたが、これはファンの裏返しなので、どうか批判とは受け取らないでください。まだ続きそうなエンディングだったので、次に期待しています。“マトリックス”でモーフィアスを演じたローレンス・フィッシュバーンが、地下犯罪情報組織の王(どこの組織にも属さない)を演じている。アナログ思考を貫く個性の強いキャラはモーフィアス同様、実に魅力的な役である。次回の活躍がいまから楽しみです。と言うことで、原点の殺しのテクニックを追求するそんな次回作に期待をして終わります。
P.S. 今回一番目をひいたのは、犬たちの活躍。ある意味プロの仕事をしています。恐ろしや犬の俳優さんたち。大拍手!!でした。


by eddy-web | 2019-10-10 00:00 | よもやまCINEMA(映画の話) | Comments(0)
よもやまシネマ467 “記憶にございません”
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2019.9.27

三谷幸喜監督の新作 “記憶にございません”を鑑賞した。監督は新作を発表する度、番宣のためやたらとTVに出まくる。この間たまたま目にしたNHKに、正規の出演なのか解らないような登場のしかたし、今回の映画をしっかりと宣伝していました。ず~ずぅしいのか、シャイなのかよく解らない性格の変なおじさんですが、妙に人を引きつけるエナジーを発しています。その宣伝にマンマと乗り(もともと観たかった)、劇場に足を運んだわたし。
今回は日本の首相をネタにした、笑い満載のヒューマン喜劇に仕上げ、観客を多いに楽しませてくれます。いままでも楽しい作品を提供してくれている三谷監督だが、今回は現政権への皮肉を込めた演出が見え隠れし笑えます。過去に流行語にもなったフレーズ“記憶にございません”という言葉が再び蘇り、あらためてインパクトの強さを思い出させてくれます。そして中身では昨年流行語にもなった「忖度」が満載。癖の強い政治家にスポットを当てたのは、さすが三谷監督の鋭い視点。考えてみればつまらないTV番組を観ているより、芝居がかった国会中継を観ている方が狐や狸がいっぱい出ていて面白い。そこには人間ドラマが溢れ、議論する議員さんたちの私生活を想像するだけで何だか能を刺激します。きっとそんなところに目をつけ、面白おかしくブラックなユーモアで日本を見直す機会を創ったのかも知れません。それでも三谷監督の作品には決して悪意に満ちた表現などなく、愛のある皮肉を込めた叱咤激励のメッセージが隠れていることをファンは解っています。久しぶりに笑いをこらえて涙してしまいました。腹を抱えて笑うのが一番ですが、今作はクスクスだったり、ほくそ笑んだりと半ば拷問のような笑いの連射攻撃。三谷監督のユーモアのセンスにあらためて感動を覚えます。
物語は病院の一室で目覚める、日本の総理大臣(中井貴一)の姿からはじまる。自分がだれで、何故そこにいるのかさえ解らない。実は演説中に市民から投げられた石を頭に受け、記憶障害(記憶喪失)に至ったという設定である。そこから理由を紐解きながらの展開で人物像をあぶり出し、あっという間に物語の中へ引っ張り込まれる。まるでオレオレ詐欺のような巧みな話術と進行に気がつくとハマッテいる。ラストはチョとほろっとさせ、これが三谷幸喜だ!!と言わんばかりのおわりでした。久しぶりに思う存分笑って涙しました。
さて、ここで語らなければいけないのが役を務めた俳優さんたちの演技である。総理を演じた中井貴一は真面目さが滲み出ていて、そこがたまらなく面白い。本当にうまい俳優さんとは、この人のことだろう。それ以外の俳優さんたち(佐藤浩市・ディーン・フジオカ・石田ゆり子・草刈正雄・小池栄子・斉藤由貴・木村佳乃・吉田羊)も、それぞれが癖のある役に挑み俳優さんたちの凄さをあらためて感じました。みなさんが役を楽しみながらこなしているようで、観ている方も小気味良く愉快になります。善悪の色分けはしていますが、終わってみれば憎めないキャラばかり・・・。そのあたりが三谷作品の醍醐味なのでしょう。女優陣たちのオーバーアクショントークは、彼女たちの違う一面を見られ新たな可能性を感じる機会になれました。
P.S. 元小学校の教師役で山口崇さんが、出ていたのですが最後のエンドロールが流れるまで解りませんでした。お年を召されましたが、存在感抜群で名優の片鱗をしっかりと魅せてくれ懐かしさと嬉しさでいっぱいになりました。もう一人元NHKアナの有働由美子さんが、まるで違うケバいイケイケキャラのアナウンサー役ででていました。この登場もはじめ全然解りませんでした。NHKの呪縛を三谷さんが完全にぶち壊してしまいました。思いっきり笑えます!!!

by eddy-web | 2019-09-28 00:00 | よもやまCINEMA(映画の話) | Comments(0)
よもやまシネマ466 “人間失格”
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2019.9.23

太宰治の代表作“人間失格”。その作品を蜷川実花監督が映画化し公開された。小説を題材にしたのではなく、3人の女性との関わりから人間太宰に焦点を当てた作品となっている。太宰と言えば“人間失格”を地で行くような乱れた生活が有名で、自殺未遂や薬物中毒など常に新聞紙面をにぎわせた昭和を代表する作家のひとり。残した作品は、そんな乱れた生活の中から、実体験として生まれたと言えるものばかり。堕落した人間の姿の中に、真実があると言わんばかりの作風に引かれるファンはいまも多い。だがその逆もまたあり、苦手なひとも多いようだ。世の中は陰と陽で形成されるが、彼は陰の代表格である。奔放な生きざまには決してまねの出来る生き方ではない危うさがあり、そんなところがきっとひとのこころを引きつけるのだろう。映画“人間失格”では、男という生き物の失格ぶりを紐解き人間太宰の姿に近づこうとしている。
ほんの少し前に“Diner”を発表し、彼女の作品に触れたばかり。カメラマンとして出発し高い評価を得て、現在は映画監督としても活躍の場を拡げている実花氏。独特な美的感覚は父親(故・蜷川幸雄)譲りと言われるようだが、本人はまったく意識していないようである。そんな彼女のおおらかさは、とても魅力的でありひとを引きつける力で溢れている。父親の影響がまったく無いとは言えないが、しっかりと自身の世界観をもっているクリエーターである。特に色への拘りはどの作品にも、色濃く現れとても印象的な世界を演出してくれます。
前作“Diner”比べると、今作はやや控えめだがミカ・ワールドは健在。物語の節目節目で、見事に色を巧みに使い象徴的なシーンを創り上げている。彼女にとっては太宰治という人物が、モチーフとしては溜まらない人物だったに違いない。そんな感情が画面から溢れ、3人の女たちにそれらを表現させているようにさえ見えてくる。この映画は女性目線で描かれているところが、太宰治という人間の魅力を引き出している。どおしてこんなに駄目な男に、女は惹かれるのだろうか?劇中で太宰の妻・美知子を演じた宮沢りえの台詞がこころに残った。「戻らなくてもいいですよ、家庭に」こんな言葉を言わせてしまうのは、太宰が唯一無二の人間だからに他ならない。後の言葉がまた凄い「あなたはもっとすごい作品を書ける」なんて・・・。ほかの2人もそうだが、太宰の才能を信じているからに違いない無償の愛がそこにあるのだろう。人間はつくづくやっかいな生き物だと、作品を通して感じる事ができる。男と女。理屈では解らない感情がこの作品溢れ、そんな人間臭さがあらためて太宰治の凄さに繋がった。人間ギリギリのところまで落ちてこそ、本物を生み出すことができるのかも知れません。もちろん才能あってのことだとは思いますが・・・。
P.S. 宮沢りえの演技には凄みさえ感じましたが、愛人役2人を演じた沢尻エリカと二階堂ふみもそれぞれにおんなの愛(解るようで解らない)を見事に演じ素晴らしかったです。どの女性も違った意味で怖さを感じたのは、わたしだけでしょうか?太宰を演じた小栗旬さんも良かったです。この役は本当に大変だったろうと察します。お疲れさまでした。 


by eddy-web | 2019-09-25 00:00 | よもやまCINEMA(映画の話) | Comments(0)
よもやまシネマ465 “アド・アストラ”
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2019.9.21

ブラッド・ピットが制作に参加し、自ら主演を勤めた映画“アド・アストラ”を鑑賞した。SF映画の名作は多い。未来を描いた作品は想像力を掻き立て、観る側のこころに夢を与えてくれる。時代はどんどん進化を続け、むかし描かれたSFの世界はいまや現実となりはじめ、夢が夢では無くなりつつある今。今作はそんな時代を象徴したような、そんな作品として近い未来を舞台に「宇宙の彼方で」おきたスペース・アクションの物語である。解説で紹介されていたのだが、この作品のテーマは、宇宙を夢見た時代は終わり、人類は遂にサイエンス・フィクションからサイエンス・ファクトを体験する時代へと足を踏み入れたようだ。確かにこの作品もそうだが、2013年に公開された“ゼロ・グラビティ”など、近年創られている作品の多くは夢物語ではない未来の真実を解き明かすようなセッティングが多い。NASAなどの協力を得て、今回もリアルな表現を徹底して追求しまるで自身が宇宙にいるような感覚を味わう事が出来る。その昔“2001年宇宙の旅”を観て、宇宙の神秘に触れそして未来を夢見た頃。それがいまは、ほぼ現実になっている事実。人間の持つ能力とその進化は、それこそ無限大なのかも知れない・・・。先はども言ったが人類は創造したものを、ほぼ現実にしてきているのは明らかである。
さて、話しが壮大になりすぎて収集が付かなくなりそうなので“アド・アストラ”の話しに戻しましょう。いままでのSF作品と違う点を上げるとすれば、サイエンス・ファクトをただ映像で表現するだけで無く、人類の夢(地球外知的生命体の存在)を証明するためのミッションをテーマにしたところにある。いまだに創造の域を脱する事の出来ない、謎の存在(地球外知的生命体)や、未確認飛行物体(UFO)の科学的証明。これだけは、いまだ謎のままで人類が確かめたい永遠の夢でもある。物語はあるミッションにより、遙か彼方の海王星で行方不明になった父親が生存しているというところからはじまる。今回の作品では一応の結論を出す形で物語を構成し、かつリアルに表現している。こういう方向性でSFを描くというのは、今までに無い着想である。夢と現実の狭間にある永遠のテーマの新しい切り口かも知れない。きっと賛否はあるに違いないが、こればかりは誰も知るよしのないこと。いるのかいないのかは、それこそ近い未来にはっきりすることなのだろう?信じる信じないはこれまた、個人の勝手である。だからこそ、これからもますます科学が発達し、今回の映画が現実になる日が来ると思えたわたし。ブラピは制作にも参加し、自ら主演をつとめ全身全霊で主人公ロイを演じている。デビュー当時から注目を集める存在だったが、いまや押しも押されもしないハリウッドの顔になりました。顔も良くて、頭も良くて、その上才能にも恵まれている。ついこの間観た作品“ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ”の演技もインパクトがありましたが、今回は一見クールな人格の裏側にある苦悩を見事に演じ分け素晴らしい演技でした。トミー・リー・ジョーンズやドナルド・サザーランドと言ったレジェンドに囲まれながら、しっかりと自身のオーラを出しここにピットありと重厚な演技をみせてくれました。ブラピの愛称で親しまれ、俳優、そしてプロデューサーとしてもアカデミー賞に3度づつノミネートされていますがいまだ無冠。ただこれももはや時間の問題でしょう?間違いなくその栄光を手に入れると信じてやみません。ブラピ最高です。
P.S. ロイを影で支え協力した火星基地の責任者ヘレン(ルース・ネッガ)の、登場するシーンは少ないがとても印象に残る存在でした。この物語の中で見終わった後も気になっているのが、彼女のその後の処遇。ロイは無事地球に生還したが、火星しか知らない彼女のことが心配で、夜も眠れません・・・。誰か教えてください。


by eddy-web | 2019-09-24 00:00 | よもやまCINEMA(映画の話) | Comments(0)
よもやまシネマ464 “SHADOW/影武者”
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2019.9.12

幅広い作風で観客を魅了しかつ、中国を代表する巨匠チャン・イーモウ監督が放つ、最新作“SYADOW”を鑑賞した。物語は三国志を下地に、ひとりの影武者として生きる青年の波瀾万丈の人生を描いている。今までも創ってきた武侠映画だが、今回は新たな映像美で今までとはまた違った創造豊かな作品を提供してくれています。過去に手がけた武術テーマの作品”HERO””LOVERS”は、武術の妙味に付け加え、美術の芸術性を融合した今までに無いエンタメ作品として観客を魅了してきた・・・。今回は打って変わり、全体を光と影のモノトーンで描く事により、武道の神秘性をより強調した演出が施され武道オタクのわたしには、溜まらないものとなりました。「陰と陽」というテーマを人間に中にある欲と重ね、重厚感のある映像美術で随所に見所を創り楽しませてくれる。今回一番目を引いた演出は、傘を武器に変えての戦闘シーンの迫力に目が釘付けになったこと。また陰陽のシンボルを背景にした、都督と影武者(ダン・チャオ2役)によるバトルシーンは、スローモーション映像により臨場感が増し、まるで水墨画を観ているような感覚を覚えました。奇抜な発想は、イーモウ監督の中にある自由な想像力とスケールの大きな表現力にあるに違いありません。奇想天外な武器は武術の持つ神秘性をさらに拡げ、ある意味ファンタジーを生み出しています。ゲーム世代の子供たちを意識した演出に違いないが、時代の流れを意識した監督の柔らかい頭に関心させられる。創る事をめいっぱい楽しんでいる、そんな監督の意識がわたしには見て取れます。遊び心満載のうえ、しっかりと芸術性を表現するところはしたたかで、やはりそのあたりが名匠というところなのかも知れない。前作“グレートウォール”では、ちょっとやり過ぎ感があったのだが、今回は一転しとても品格のある重厚な武術映画になっています。もちろん“グレートウォール”も、演出効果は印象深く、隊に分けて色分けした甲冑やその奇抜な戦い方は観客を大いに楽しませてくれたことは間違いない。中国の伝統文化をしっかりとバックボーンに置いていればこその、豊かな芸術性を加味できるのだろう。「陰と陽」の世界感は武道の中では、定番中の定番。表裏一体にも繋がり、そのテーマは永遠である。紅三部作として知られている、“紅いコーリャン”“紅夢”“上海ルージュ”では赤を基調とした色彩演出で独特の世界を創りだし、また一方では時代の重さをリアリティで徹底して描いた“秋菊の物語”そして“活きる”など、その才能には限りがありません。また幸せ三部作と謳われている“あの子を探して”“幸せの来た道”“至福のとき”も忘れてはならない名作である。わたしは、チャン・ツイィーを世に送り出した“初恋の来た道”が中でも一番好きである。地味なテーマだが、叙情豊かに四季の移り変わりを背景に描いた温かく優しいこころの作品が大好きです。
※イーモウ監督は2008年北京オリンピックの開会式及び閉会式の総合演出を行ったことは有名。だがその後、さまざまなフェイク問題が浮き彫りになり、ちがった形でも有名になってしまいました。2022に開催される再びの北京ですが、個人的には映画に専念してくれると嬉しいのですが・・・。
P.S. ヒロイン・シャオアイを演じたスン・リーは、東洋人特有の優雅さと美しさを醸し出す女優さんで印象に残りました。わたしだけかも知れませんが、大塚寧々さんの若い頃に似ていてそればかりが気になってしまいました。みなさんはどう思いますか?


by eddy-web | 2019-09-14 00:00 | よもやまCINEMA(映画の話) | Comments(0)
よもやまシネマ463 “午前十時の映画祭/ベニスに死す”
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2019.9.11

没後43年、イタリア映画界の至宝と呼ばれた名監督の1971年度作品“ベニスに死す”を鑑賞。巨匠ルキノ・ヴィスコンティは1942年“郵便配達は二度ベルを鳴らす”で映画監督デビューを飾り、1976年最期の作品“イノセント”まで14本の長編作品を残した。手がけた作品は常に高い評価を獲得しイタリアを飛び越えヨーロッパ文化の至宝とまで言われた人物です。貴族(伯爵)出身の監督は、まさに彼が描く貴族社会の中で育ち14世紀に建てられたお城に住み幼少期から芸術に親しんで育ったそうである。作品に描かれる絢爛豪華な世界観は、自身の経験から滲み出る優雅さにほかならない。他のだれもがまねの出来ない独特の映像美と芸術性に富んだ作品は、唯一無二の存在である。
“地獄に堕ちた勇者ども”あたりから初めて作品を観ているが、言葉では説明できない独特の雰囲気(世界観)がいつも滲み出ていて何とも言えない気分にさせられる。難解な内容が多く、観て味わうと言うよりは五感で感じるというようなそんな作品が多い。舞台演出家でもある監督は時代背景に合わせ舞台美術や衣装などとことん拘り、そこだけ観ても圧倒されるクオリティの高さである。一般向けのエンタメとはほど遠い、時間もお金もさぞやかかっただろうと観れば一目瞭然の作品ばかり。
初めて今回“ベニスに死す”を鑑賞したが、彼の作品の中でも“ベニスに死す”は特質して、観た後に何とも言えない感覚が全身を駆け巡るものだった。シュールな映像表現とマーラーの交響曲第5番を使った演出は、催眠術にでもかかったような感覚で身体を抉られる。この感覚はいままで一度も味わった事のない感覚である。これは観て感じてもらう他に手はないと思える、説明不可能な作品である。もはや映画と言うジャンルを飛び越えてさえいるような、そんな気さえする。晩年の作品“ルートヴィヒ”“家族の肖像”“イノセント”も難解だったが、それ以上の感覚的作品である。いつも美形の男が登場し、狂おしいばかりの耽美的な世界を描き出す監督は、この作品でもビョルン・アンドレセンと言う美少年を世に送り出す。物語に登場する美少年タッジオは確かに美形である。男に興味がなくても、その美しさ(男女を超えた)には目を奪われる。物語の主人公、老作曲家アッシェンバッハ(ダーク・ボガート)が、一目でこころを奪われてしまうのは必然かも知れない。物語が進むにつれ知らず知らず自身がアッシェンバッハになっていることに気づきます。会話もほとんどなく、彼の姿を美しいイタリアの風景に溶け込ませ淡々と進む物語。アッシェンバッハの押えきらないこころの動きが、マーラーの交響曲第5番の第4楽章「アダージェット」と重なり胸を締め付ける。美しいものに触れると、人間はこうも自身を失うものなのか?と思えるが、なんだか解るのが不思議である。みなさん、面白い映画も良いですが、こんな作品に触れるのも新しい発見かも知れません。一度足を運んでみてはいかがでしょうか・・・。
P.S. 監督は理想の美のシンボルとして、タッジオ(ビョルン・アンドレセン)を描いてみせた。監督は「バイセクシュアル」であることをオープンにしているのは周知の事実。他の作品に起用したアラン・ドロン、ヘルムート・バーガーも超が付く美形である。起用した俳優さんたちへの感情が、この作品のアッシェンバッハと重なり甦って来る。監督の生い立ちや、育ってきた環境が感性を培い、この偉大な芸術家を生んだのかも知れません。


by eddy-web | 2019-09-11 00:00 | よもやまCINEMA(映画の話) | Comments(0)
よもやまシネマ462 “ブレードランナー/ファイナル・カットI-MAX”
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2019.9.6

SF映画の金字塔として名高い“ブレードランナー”がI-MAXで上映されることになった。わたしの中ではSF映画作品の中ではBest3入る作品で、もちろん以前出た「製作25周年記念アルティメット・コレクターズ・エディション・プレミアム(限定生産)」も持っています。今回そのディレクターズカット版をI-MAXで観る事ができることになり、そく公開日に参上しました。SF映画の中でも個人的には一番の好み作品“ブレードランナー”。続編の2049ももちろん鑑賞したが、やっぱり1984年公開の1作目には適わない。35年も前に創られた作品はいまでも色あせない、まさに金字塔の名にふさわしい作品。ストーリー、キャスト、原作、演出、デザイン、音楽、どれをとっても文句のつけようがないほどのクオリティの高さがひかる。“エイリアン”の大ヒットで世界に名を知られたリドリー・スコット監督だが、その名を不動のものにしたのは間違いなく“ブレード・ランナー”である。映像化は不可能とされていたフィリップ・K・ディックのSF小説「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」を見事に描ききったその卓越した
才能は花開き多くの映画ファンを唸らせた。わたしも当時、その独特な近未来の世界観に引き込まれたひとり・・・。今観ても本当に凄い。CGを使った高度な映像技術をもってしても、このクオリティの高さを創り上げるのは用意ではないと思います。小手先の技術では描けない、付加価値がつまった傑作映画と言えるでしょう。観れば誰もが思うに違いありません。
あらためて物語についてですが、今回気がついたのが作品の時代設定が2019年ということ。まさに今なのです。これにはちょっと不思議な気持ちが湧いて、「そうか、当時はこんな未来に夢を馳せていたんだ・・・」なんて、ちょっぴり感傷的になりました。遺伝子操作をテーマにした多くのSF作品は、多かれ少なかれこの作品の影響を受けているに違いない。映画だけでなく漫画やアニメなどもそのひとつと想える作品が多い。大きなスクリーンで観れた事が何より嬉しいのと、映写技術の上がった現在のシステムを使った上映には感謝です。良い作品をいい環境で観せてもらえるのは、映画好きの小生には大変なご馳走。あらためて作品を観るといままで気づかなかったことが見えたりし、さらにこの作品の凄さを味わう事が出来ました。科学がどんどん発達し、映画や小説の中で表現される未来がそのまま現実になって来ている時代。科学の進歩は同時にリスクも生み、この作品に描かれてる「神の領域」に足を踏み入れようとしています。人間の中にある欲望(可能性)を追い求めるあまり、大切なこころを失わないようにしなければなりません。そのことをしっかりと教えてくれる“ブレード・ランナー”に合掌。
P.S. デッカードを演じているハリソン・フォードが脂がのりはじめ、人間味のある役を演じとても魅力的です。後はやっぱりレプリカント(人造人間)を演じた、役者さんたちの素晴らしさが印象に残ります。プリスを演じたダリル・ハンナの妖艶な雰囲気と身体能力(本人かは?)、そして自身を人間だと信じていたショーン・ヤング演じるレイチェルの哀しげな瞳、そしてなんと言ってもこの人レプリカントのリーダーバッティを演じたルトガー・ハウアーの渾身の演技。デッカードとのラストシーンは永遠に語り継がれる名シーンです。残念ですが今年7月19日に闘病生活をへて亡くなりました。またひとり名バイブレーヤーが世を去りましたが、わたしは永遠にあなたの事は忘れません。豊かな表現力で魅了してくれたことに、こころから感謝します。合掌。
by eddy-web | 2019-09-10 00:00 | よもやまCINEMA(映画の話) | Comments(0)
よもやまシネマ461 “劇場版おっさんずラブ LOVE&DEAD”
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2019.9.3

ちまたで話題の映画“おっさんずラブ”を観に劇場へ出むいた。この作品はTVドラマで人気をはくしたラブコメディで男たちの恋愛を描いて社会的現象をおこをしたもの。とはいえ、実はわたしはまったく観た事もなく、今回娘に面白いと勧められての鑑賞。最近はTVに(特にドラマ)興味がなく、観るのはもっぱらNHKかコアなテレ東ばかり。この作品は特に女性に人気が高いらしく、何がそんなに女心を誘うのか確かめに来た。
まず感想ですが、この作品を映画にした訳があまりよく理解出来ませんでした。TVを観ていないので失礼かと思いますが、TVで特番にし放映すれば充分だったのでは?と感じたわたし。映画にした事で、かえって安っぽくなったのでは無いでしょうか?映画という表現にした意味、すなわち付加価値みたいなものが加われば幸いなのですが・・・。ただ、このおっさんたちの恋愛関係を軸にしたコメディは素直に面白く、久しぶりに腹を抱えて笑わしてもらいました。バカバカしいほど純な男たちの真面目な恋愛感情が、観ているうちにけなげにだんだん思えてきてしまいました。そっっち(男色)の気はありませんが、観ていると男女の恋愛とまったく同じで好きになるのに理屈は無いようです。ややオーバーな演出ですが、そこはコメディ許される範囲で多いに楽しめました。たまにはこんなバカバカしい映画も良いかも知れません。すごくリラックスできる時間を過ごしました。黒澤部長を演じている吉田鋼太朗さんの存在感は半端なく、「花子とアン」の時の石炭王伝助もインパクトありましたが、こちらも吹っ切った演技で魅了してくれます。ますます女性人気が高くなる事間違いなし。春たんを演じている田中圭くんがいまブレイクしているのも、何となく解りました。今時の女の子たちは、こんな男たちにひかれるのですねぇ~~~!今作で初参加の志尊淳くんが、春たんに自分の生い立ちと後悔の話しのくだりは自分と重なる部分があり、思わず涙してしまいました。笑いあり涙ありのエ
ンタメコメディは、わたしのこころに久しぶりの暖かい笑いと涙を提供してくれました。
P.S. 劇場内はやはり女性客が多く、隣に座ったちょっと綺麗なお姉さんが前屈みになり食い入るようにスクリーンに目をこらして入るのが面白かったです。前にいたおばちゃん2人組も、終始大きな笑い声をあげとても楽しそうでした。こう言う作品も世には必要なのですね!!
おっさんという年齢を遙かに超えてしまったわたしも、主人公たちに負けないように頑張ってみたいと思います。「何をっ!」て言われても困りますが・・・???


by eddy-web | 2019-09-07 00:00 | よもやまCINEMA(映画の話) | Comments(0)
よもやまシネマ460 “ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ”
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2019.8.30.

昨日に続き連チャンの映画鑑賞。観たくてしょうがなかったタランティーノ監督最新作“ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ”が今日公開された。2日続けては滅多にないこことだが、我慢出来ませんでした。ひとことで感想を言えば大満足の花◎です。監督10本目となる作品は、いままでの作品も大好きだが久しぶりの大満足感。監督らしさが満載の上、役者たちもメチャクチャ楽しんで演じているように観えイケテマス!!映画大好き少年の腕白な映画創りが、いたるところに溢れ出しわたしの感性を刺激しっぱなし状態にしてくれました。いままで観たどの作品より、好きな作品になったかもしれません。60年代の背景も青春時代真っただ中だったわたしにはたまらない宝の山。音楽、ファッション、時代の潮流などなど、すべてがハートにヒット。目に飛び込むTVドラマの場面や映画のビルボードなど、当時のカルチャーが満載。ハリウッドの古き良き風景など懐かしさに震えが止まりません。昔の映画のポスターなどは、わたしのコレクションの中にあるものも多く、見つける度にアドレナリン大全開。劇中いつものように、放送禁止用語が飛び交い、相変わらずの派手な暴力シーンも満載。だが、ここまで潔く演出されると、小気味よくて文句の言いようもない。きっといろいろな団体からクレームがつくのだろうが、そんなの覚悟の上で創っているに違いない。それがタランティーノ監督である。最高です!!
物語は60年代後半のアメリカ映画界を描いていて、そこに当時世界を震撼させたハリウッド女優シャロン・テート猟奇殺人事件を絡めた物語になっている。当時15歳の映画少年もかなりショックな事件だったことを思い出す。そんな時代をどんな風に料理してくれるのかと、観る前から期待はMax。懐かしい名優さんたちが続々と画面に登場し、ファンにはたまらない演出が目白押し。ブルース・リーやスティーブ・マックイーンなどちょっと笑っちゃうが良く似ていました。それにしてもメイクアップ技術の拘りがハンパなく、ファッションも含めスタッフに拍手です。まとめるとハリウッド映画業界の裏話みたいなところを面白おかしく暴露した、タラちゃんの悪ガキの悪戯っぽさが滲み出た贅沢な娯楽映画です。
主役のディカプリオもブラッド・ピットも最高です。2人とも生き生きとその役を演じていて甲乙つけがたくカッコイイ。他にも脇を名優たち(アル・パチィーノ、ブルース・ダーン、カート・ラッセルなど)が固め、それだけでも得した気分を味わえます。シャロン・テートを演じたマーゴット・ロビーも生き写しというか、それ以上の美しさとキュートさで可愛かったです。彼女(ロビー)は本当に美人です。偽物の俳優さんたちも、なかなかの役づくりをしていて雰囲気抜群でした。みんな亡くなってしまっていますが、映画ファンのこころの中には今も永遠に生き続けています。テート猟奇殺人をどんな風に描くのか、メチャクチャ気になってドキドキしていたわたしですがいいラストで良かったです。結末は言えませんが・・・。その前の返り討ちシーンはハチャメチャで、やりたい放題でしたが、案外監督って優しいひとなのかも知れません。と言うか深い愛情を持ったオタク監督です。大好きです。これからも多いにわたしたちに少年のこころを思い出させてください。よろしくお願いします。みんな四の五の言わず観に行きましょう。
P.S. ヒッピーなんて懐かしい単語も出て来て、こんな時代もあったなぁ~なんて想った自分。いろんなシーンで60年代の懐かしい楽曲が導入されますが、その使い方が絶妙です。「ミセス・ロビンソン」「サークル・ゲーム」など上げたら切りがありませんが、聞いただけで胸が熱くなり言いようのない感情が込み上げてきました。もう一度あの頃に戻りたいと想うわたしです。
by eddy-web | 2019-08-31 00:00 | よもやまCINEMA(映画の話) | Comments(0)


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