

2024.8.14.
最近観たいと思う作品があまりなく、暑さのせいもあり映画館に足を運ぶ頻度が減っている。そこで助かっているのが菊川にあるミニ・シアター「Stranger」。旧作や新作を問わず、とても良いラインナップを揃えてくれている。ひとつ困るのが観たい作品が、タイムリーな時間帯に必ずあるという訳ではないこと。観たくてもどうしても都合のつかない時間帯があり、そこが残念なところ。
そんな中今日は“市子”を観に来ました。昨年の日本アカデミー賞主演女優賞にノミネートされた、杉咲花さん主演の作品です。残念ながら最優秀主演女優賞は取れませんでしたが、観た限りでは今までに観たことのない役をしっかりと演じていた彼女の姿に感動しました。難しい役どころだったと思いますが、主人公市子が乗りうったかのような素晴らしい演技でした。彼女のイメージにない重たい役でしたが、確かな演技力が問われる作品ではないでしょうか?
杉咲花さんといえば、お馴染みの明るいキャラが印象の「超塾」や「BOSS」のCMが頭に浮かびます。爽やかで清々しい感じの女優さんです。そんな彼女が演じた“市子”は、正直かなりのインパクトがあり女優・杉咲花の可能性を大いに感じる秀作です。
さて、感想ですが・・・。ちょっと前に鑑賞した“あんのこと”にも通じる、社会の歪みを紡いだ社会派のヒューマンドラマになっています。映画“あんのこと”は実話が元になっていたので、単純に比較はできませんが実際なあるだろうなと思わせるリアルな設定に脚色を加え、ミスタリータッチで最後まで飽きさせない物語になっています。こんなに過酷な運命(宿命)に抗いながら辿る人生は、そうそうないだろう。彼女の抱えた“市子”という人間の存在は、いったいなんなんだったのだろうと鑑賞後ず~~~っと考えてしまった。物語の構成は時間軸を超え、過去と現代を行ったり来たりする。全部見終わった後も、繋がらない部分もありますが、“市子”が背負った過酷な運命の重さだけは十分に伝わる。もし自分ならと考えるのはおかしな話かもしれませんが、どんな作品を観てもいつも感じてしまう自分がいる。次から次へと不幸の連鎖が続き、思わず息が苦しくなる。ただ普通に行きたいと願っているだけの“市子”が、ただただ哀しい。物語の中で“市子”を思う男性が絡むが、物語そのままでなんとか助けてあげたいと思うのは観客も同じ。そんな気持ちにさせる“市子”である。
この作品で、彼女はほぼノーメイクで挑んでいる。他人にはわからない何かに疲れた表情と、魂が抜けたような言葉がこぼれ落ち胸を締め付ける。そんな彼女が時折見せる、幸せを表現する無邪気な微笑みや涙がたまりません。気がつくと彼女にひかれ、そばにいる男たち。自然の流れは、誰もが感じるものではないでしょうか?ほっては置けない女性が、そこに存在し気がつくと寄り添っている。観れば分かるのだが、“市子”はそういう存在の女性像かもしれない。男はこういう女性に弱いかも、知れません。そう、助けたいと思ってしまうのです。
プロローグとエンドロールで同じ描写の映像が使われています。田舎道を夢遊病者のように夏のギラギラ照りつける太陽の下、額に汗を滴らせひたすら歩く“市子”。何も変わらないし、何も終わらない姿が痛々しくも哀しい。杉咲花さんのこれからが、ますます楽しみになる素晴らしい作品でした。
P.S. お母さん役の中村ゆりさんも、とても輝いていました。劇中で“市子”に放った言葉「市子、ありがとう。」は、胸に刺さります。これは本音でもあり、市子への謝罪になる重たい言葉である。元を辿ればこのお母さんが、この状況を作った張本人なのだがそれも含め哀しい物語です。この女優さんもちょっとアンニュイな感じで、とても気になる女優さんです。今回の役で高崎映画祭の最優秀助演俳優賞を受賞しています。そういえば最新作の劇場版「鬼平犯科帳・血統」にも出ていました。まだやっていたら観ようかな???
最後に監督を務めた戸田彬弘氏のことを少し。初めてこの作品で知りましたが、映画監督の他に脚本家・演出家としても活躍している方で、舞台「川辺市子のために」で、2015最優秀脚本賞を受賞。それを元に今作が生まれたそうである。多方面で活躍するクリエーターに注目です。