

2022.11.22.
芥川賞作家の平野啓一郎氏が2019年に発表した「ある男」が、石川慶監督によって映画化した同名映画が今回観た作品。重たいテーマで見終わった後、なかなか日常の生活に戻れないほどの衝撃と「生きることの難しさ」を考えさせられました。映画のキャッチが「愛と感動のヒューマンミステリー」を謳われていましたが、そんな軽い形容の作品ではありません。
物語は冒頭から暗い雰囲気でスタートし、画面からは溢れるほどの重たい空気感が流れます。雨のシーンはこれから起こる真実への扉(パンドラ)を予感させ、見る側にリンクしあっと言う間にスクリーンの中へ…不安な気持ちに誘います。
最近観た作品の中では、何とも言えない感情が交差しすぐにブログの感想を書く気にはなれませんでした。1日おき、ようやく頭を整理し雨音を聞きながらこのコメントを書いています。個人的には、こういうテーマにはとてもひかれのめり込んでしまうタイプ。生きること生きて行くことの難しさを思い知らされます。中盤に主人公が「こんな僕がリングに上がっても良いのでしょうか?」と吐露する場面に胸が苦しくなり言葉が見つからない。しぼりだすように会長が「人はだれでもみんな苦しみを抱えて生きている」「おまえはひとりで生きているんじゃない!」と、罵倒するのだが…。
どうしてこんなにも過酷で苦しい人生を神は与えてしまったのだろう?とついむきになってしまうわたしがいる。映画の台詞ではないが「だれだってひとつやふたつ、人には語れない傷(過去)をもっている」と言うのは確かにある。ただ、この作品の主人公のような境遇は万にひとつ。もし自分だったらどんな生き方をしているのだろう…。映画の物語を飛び越え、違う世界へと迷いこんでしまう。「幸せって???」とつい考えてしまう。主人公は幸せを感じることが、出来たのでしょうか?他人には踏み込めない世界があり、そこには触れる必要のないことも沢山あることを実感させられます。しばらくはきっとこの物語に振り回され、日々考えることが続きそうです。小説も思いっきり読みたくなりました。
さて、映画のことを少々。ストーリーテーラー的役割で出ている、弁護士・城戸章良を妻夫木聡が演じている。穏やかな性格で民権派の弁護士を見事に演じて、物語を静かに導いてくれる。実は自らが抱えるマイノリティへのトラウマが、ある意味この物語のキーになっています。事件の発端となるある事故で死んだもうひとりの主人公・谷口大祐(ある男X)を演じる窪田正孝は今まで観たことのない、彼の凄さが出ていて鬼気迫る芝居をしています。いろんな作品で彼を今までも観ていますが、今回は本当に凄いです。妻役を演じた安藤さくらさんも、実に繊細で奥深い演技をされ圧巻です。周りを固める俳優陣もいずれ劣らぬ個性を爆発させ、作品のもつテーマに寄り添い役割を見事に演じ、作品に重厚感を与えてくれています。見終わってもしばらく席を立てないくらい、打ちのめさせられましたが「安らぎ」の大切さを実感し、そんなものを求め自分にもひとにも優しくありたいと思いました。簡単なことでは無いのですが…。
P.S. 今作のプログラムの表紙は「ルネ・マグリット」風のデザインですが、とても良いと気に入ってます。テーマにあった、見事な表現になっていて素晴らしいと思います。
最後に私感ですが「現実逃避」は良くないとよく論じられるが、ラストシーンでそれも必要な時があることに気がつきました。けっして悪いことではないと…。