2020.8.25
中島みゆきの珠玉の名曲“糸”が、遂に映画化。楽曲を映画化したケースはいままでもあったが、中島みゆきの作品がなんでいままで映画化されなかったのが不思議である。ファンなら解るはずだが、彼女が紡ぎ出す楽曲はどの曲を聴いても物語が深く刻まれ、様々な人生が浮かび上がる。それはきっと聞く人によって、いろいろな色に染まりこころに訴えてくるからに違いない。それらには沢山の人生が幾重にも折り重なり自らの人生を振り返るとき、ふっと思い出すそんなワンシーンに繋がるのかも知れない。
映画を観て感じたのは言うまでも無く、中島みゆきという存在の凄さに尽きる。今回の映画はひとつの作品として創られたものだが、見終わってもっと大きな世界が拡がり人生ってままならないことばかりだが、それだからこそ生きることに意味が出てくるのだと・・・。
もともとこの楽曲は、みゆきが友人の結婚を祝うために創った曲と聞いている。こんな曲を贈られたら、どんなに嬉しいだろう?みゆきの曲には物語がある。詩の言葉をひとつひとつ拾い上げて噛みしめて聞いていると様々なシーンが浮かび上がってくる。聴く人によってそれぞれの違ったシーンが浮かび上がることだろう。それはその人が歩んできた人生そのものに違いない。みゆきの楽曲は、わたしたちが生きてきた時間を大切に紡ぎだし、そのすべてに意味があることを教えてくれる。彼女の創り出す曲は、日常の風景を切り取り、そこで生きる男女や人間たちをテーマにスポットを当て心情を巧みな比喩を用いて創り上げている。それ故に聞き手によって、それぞれが異なった意味を受け取る事が出来るのである。
彼女のアルバム(歌でしか言えない)の中に収録されている「永久欠番」という曲があり、そのテーマは「人は誰しも唯一無二の存在である」と謳っている。この深さこそがみゆきの存在感に繋がっているのは間違いない。彼女こそ「唯一無二の存在」そのものである。
さて映画の話しそっちのけで、中島みゆき論を語ってしまいました。好き過ぎて話しが尽きません。映画“糸”の感想を綴ります。平成という時代を駆抜けた物語は、主人公の男女の初恋と別れからはじまり30年という年月が足早に展開していく。人生とは走馬燈のようとはよく言うが、つぎからつぎへと明日は何が起こるか解らないという展開である。異論はないが???もう少し深みを出せなかったかと、個人的には贅沢な期待をしてしまった。それでも思い切り泣けたので許します。もともと泣くことを条件に行った感がある作品でしたので・・・。思いっきり泣くと、男女関係なくとてもいいストレス解消になります。ラストもハッピーエンドで終わって、まずはよしよしといった案配です。それでもこの後の二人の人生がどうなって行くのかと、やっぱり気になるわたしです。主人公の二人を演じた、菅田将暉(漣)と小松菜奈(葵)の若さに溢れた繊細な演技はいまの二人の勢いそのまま繁栄され、ファンにはたまらないことでしょう。脇を固めた俳優さんたちも、出番の多い少ないはあれどそれぞれの人生ををしっかり浮かび上がらせ物語の幅を拡げています。榮倉奈々が演じた漣の奥さんがとても印象に残りました。なぜかこの手の役が多い彼女ですが、役の上でも出来れば幸せになって欲しいと思ってしまいます。娘の結に
「泣いている人がいたら、抱きしめてあげなさい」という教えは胸が打たれます。
最後に、中島みゆきのことをもうひと言。挿入歌で使われていた“ファイト”をはじめは永倉奈々、そして2度目は友人・竹原(成田凌)がカラオケで歌いましたが、これもまた“糸”に勝るとも劣らない名曲であることが実感出来ました。やっぱり中島みゆきは最高です。
※「ファイト」の詩で特に好きなところがあります。
“私の敵は 私でですファイト!闘う君の唄を闘わない奴等が笑うだろうファイト!冷たい水の中をふるえながらのぼってゆけ”なんと深い言葉なのだろう。