

2019.4.12.
“翔んで埼玉“をシネマポイントを使って鑑賞。予告編を観てこれは笑えそうと感じていたわたしだが、次々に新作が公開されつい後回しになっていた今作品。キャストがかなり濃いイ面々で、それをさらに誇張しての演出は大まじめに演じる出演者をさらにパワーアップしていました。監督は「テルマエ・ロマエ」シリーズの武内英樹氏。これで面白くない訳ないと臨んだのだが???原作は62万部を売り上げた魔夜峰央氏の漫画で、ひたすら埼玉をディスる話題作。正直な感想を言えば、予告編を観た時はそれだけでもう笑え”テルマエ”同様に抱腹絶倒を期待していた自分。だが、初めのうちは「よしよし、この調子で・・・。」と言う感じだったのだが、中盤以降なんだかそのノリについていけなくなっている自分がいた。確かに大げさに表現したブラックな(^0^)はエンタメ感もあり、会場内は笑いの渦に巻き込まれていた。でも笑っていたのはほぼ若者たち。答えはそこにあるのである。わたしもそれなりの年齢を重ねた者のひとりなので、素直に笑えないのかも知れない。この作品はある種差別社会に対する問題提議になっていて、そんな裏側のテーマが見え隠れします。勝手な意見ですが、表現をバカバカしいほど大げさにディスることによって「ヘイトスピーチ」を笑い飛ばしてしまおうという意図が読み取れます。素直にその流れに乗り笑い飛ばしてしまえば良いことだし、面白いのは確かなのだが、60代にはその壁を乗り越えられない切なさが・・・。トホホである。理由は簡単である、貧しい環境の中育ち映画の中の差別と近い社会を現実に観てきているからである。映画ほど極端では無いにしろ、さまざまな偏見や差別は身の回りでも沢山あったし観てきた。自分が当事者とは言わないが、少なくとも今ほど平和で豊かでは無かったのは間違いない。何だか暗い話しになってきたので止めますが、”翔んで埼玉“は今の日本をある意味象徴している作品かも知れません。あまり平和ボケをしていると、足下をすくわれるかも知れません。東京だの埼玉だのと言っている場合ではありません。ほんのちょっと昔は、練馬でさえ「練馬の芋ナンバー」と呼ばれ車のナンバーが馬鹿にされていました。足立区や江東区などの下町も同様に住みたくない町としていつも選ばれていたところ。時代が豊かになったことは素直に喜ぶべしところだが、そんな過去の歴史を思い出さずにはいられない古い人間もいるということを忘れないでください。そして本当の豊かさとはを、あらためて考えてみたいと思います。爺の戯言ですので、どうぞ聞き流してください・・・。
P.S. 大フアンの二階堂ふみさん演じる「壇ノ浦百美」、可愛かったです。確実な演技力でいつも楽しませてくれる彼女だが、こういう役もなかなかです。他の俳優さんたちにも、茶番劇を大まじめに演じていたところに拍手喝采です。大変お疲れ様でした。みんなで本当に平和な日本を創りましょう。