

2019.1.18
M.ナイト・シャマラン監督作品“ミスター・ガラス”を鑑賞。サスペンススリラー作品“シックス・センス”でシャマラン監督の世界に引きずり込まれたわたしは、それ以降彼の作品には目がない。鬼才と謳われる彼の表現センスは、ラストまで答えを見せない大ドンデン返しの展開が最大の魅力。だが、期待が大きい分評価が割れてしまうのも事実。有名税みたいなもので、高い評価を得る良質の作品を世に出すと、期待度も高く評価の的になるのが世の常。大変な職業である。わたしは評論家ではないので、重箱の隅をつつくような映画鑑賞は基本しません。あくまで自分中での好みとこころに響いた度合いが物差しである。シャマラン監督のセンスが大好きである。ただ、ほぼ作品は観ているが全部100点なんていうこともありえません。それでもファンであることには変りがない。今作はきっと評価が賛否両論にわかれること間違いなし。わたしの感想は、はじめて観るひとには結構楽しめる作品に仕上がっていると思います。ある情報で理由は解らないが、この作品はシャマラン監督が制作費のすべてを出して創られたと聞きました。何故そうしたのか?それともそうならざる得ない事情があったのかは知るよしもない。どうでもいいことですが・・・。
今作“ミスター・ガラス”は“アンブレイカブル”に登場した、犯罪者イライジャ(サミュエル・L・ジャクソン“)の通称。生まれつきの難病でその身体はガラスのようにもろい。そのハンディを埋めるかのように神は、彼にひと並外れた高い頭脳(IQ)を与えたのだが、自分とは真逆の強い肉体をもつ人間が存在すると信じ、それを見つけるためにトンデモナイ事件を起す。物語は彼が捕まることで一応終演を迎えるのだが、この続編ということで制作されたのが今作品である。イライジャが見つけ出したヒーローが、フィラデルフィアの列車事故で乗客131人が死亡した大惨事。ただひとり生還した男デビット(ブルース・ウィルス)がそのひと。彼の能力は強靭な身体と触れたひとの記憶が瞬時に頭に浮かぶという特殊な能力。いわゆる超能力といわれるようなものだが、”Xメン“などのようにファンタジー的扱いではなく、実在する待望的世界を描いていて観客をワクワクさせる。延長戦として期待して臨んだ鑑賞だが、そこに”スプリット“の多重人格者ケビン[パトリシア・ヘドウィク・ビースト他23の人格](ジェームズ・マカヴォイ)までが絡み、混沌とした展開になってしまう。「スーパーマンvsバットマン」とも「プレデターvsエイリアン」とも違うテイストで、何だかしっくりとこないわたし。登場人物たちの繊細な内面の部分がやや雑な扱いになり、せっかくの魅力が伝わってこない。巧みな心理描写の扱いがシャマラン監督の持ち味だが、今回はアクションの方に比重がやや大きくなりちょっと唖然。もちろんラストまで引っ張る仕掛けもあるのだが、監督らしさがわたしは感じることが出来ませんでした。結論的には超人よりも人間のほうが恐いということが何倍も解ります。そして大げさな話しになるが、どんなに優れた能力を持っていても常識を越えた時に、社会から異端とみなされ、差別が生まれるという現実がこころに残った。現実社会でもこの問題は根深く、簡単には解決できない。永遠に続いていくテーマなのかも知れません。少なくとも今作で、わたしの中には差別に対する新たな意識が芽生えました。みなさんはどんな結末を期待しますか?どうか自分の目で確かめにお出かけください。
P.S. 映画鑑賞の記念に必ず購入するのがプログラム(パンフレット)なのだが、どういう訳か販売していない。売り切れということはあったが、こんなことは初めて???聞けば製造していないと販売員のひとこと・・・。なんだか納得いかないまま、モヤモヤした気持ちをかかえ映画を観ることになり、結果も???でした。