2016.June.20・22
久しぶりに見応えのある作品“64”の前編・後編を一日空け続けて鑑賞。間を空けて観るのが嫌で、後編がスタートするまで我慢し続けて観ることに・・・。原作がしっかりとしているのか、見事な出来映えだと思う。ただ、2つに分けた意味があまり伝わらないのは私だけだろうか?ちょっと長くはなるが、一気に観せてくれても良かった気がします。特別犯人探しの余韻を残す仕掛けがある訳でもないので、一気に進めた方が正解かと思うわたし。それでも、映画としては久々の正当社会派ドラマである。親と言う存在は、だれも子を愛しそして守ろうとする生きもの。例え加害者であれ、被害者であれ・・・。それなのに罪を犯すことを止められない、哀しい性を背負った生きもの、それが人間なのかも知れない。
昭和が終わったギリギリの日に起きた、少女誘拐殺人事件が背景の人間ドラマは最後まで息がつけない。被害者の父・雨宮(永瀬正敏)と事件を担当した刑事三上(佐藤浩市)の二人が凄い。互いに譲らぬ演技で、見事にもがき苦しむ父親の苦悩を表現し観るものの胸ぐらを掴む・・・。立場は違えど、わが子を救えなかった無念を心に秘め事件を追い続ける。まさに執念である。ただ事件の真相に迫り解決しても、また新たな思いがこころに傷を作ることになる。人間は本当に悲しい。一生懸命生きれば生きるほど哀しい。フィクションなのでと最後の字幕で断り文が出るのだが、事実として未解決の事件は多くある。この映画のように当事者はきっとその日、その時から時間が止まっているに違いない。それを考えると胸が苦しくなりました。この作品は加害者、被害者だけを取り上げただけでなく関わった人間すべての人生をも浮き彫りにし、そのことの重大さを見せつけてくれます。見えない敵、警察内部の密約、記者クラブとの関わり、そして報道の規約とモラルのあり方。個人と組織、親と子、被害者と加害者。さまざまな生きざまをあぶり出した、重たいが見応えのある作品になっています。
耳に残った犯人の声をたよりに、来る日も来る日も電話帳で片っ端に電話をかけた父の執念。そしてようやく犯人に辿りついた瞬間の父親の慟哭が、耳から離れません。涙が止めどなく溢れ、動き始めた時間が怖くなりました。親とは限りなく強く、そして悲しい。
沢山の俳優さんたちが出演した作品ですが、みなピタッとはまり役割を果たしています。人間味溢れる見事な演技にこころから拍手です。